エンジョイフラ☆

フラダンスの歴史(現代まで結構大変だった!)

日本でも親しまれているフラ。このフラは長い間受難の時代がありました。良く残っていてくれたね、フラダンス。だから大切に踊らないといけないですね、我らも。

フラダンスの誕生 伝統的なフラ「カヒコ」

フラのルーツは、ハワイ諸島にやってきたポリネシアの人々が運んできた踊りと言われています。

フラは、ハワイの人にとって神へささげる儀式的な意味を持つ「神聖な踊り」として生まれ、さらに、文字をまだ持たなかった古代ハワイの人々が 神話や自然、伝説を歌とともに後世に受け継いでいくための手段でもあったようです。

 

ハワイの神話によれば、ハワイ諸島を作ったのは「火の女神であるペレ」。ペレには「ヒイアカ」という妹がいて、彼女がポーポエという半神からフラを教わり、姉であるペレの前で踊ったのがフラの起源と言われています。

ハワイの島々は、今から2500万年前海底火山が噴火し、マグマが噴出。あふれ出るマグマによりハワイの島々が誕生したと言われています。古代ハワイアンは、ハワイの沢山の自然に畏敬の念を抱き、大自然を神と考えていました。噴火する火山を女神ペレと見立て、その妹が踊ったのがフラである・・・としたくらいだから、フラはどれほど神聖な踊りだったのか。

このフラの伝統的な踊りが「カヒコ」です。

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(画像提供 gall

伝統の打楽器のリズムに合わせて、大地や自然への感謝を詠唱し、祈り、神話をも伝えています。装飾品は極力控えた厳粛な踊りです。

 

押し寄せる西洋文化と古典フラの長い受難時代

フラは大きく分け「2度に渡る受難時代」があります。

受難1回目と復興

1800年代前半になると、やってきました”あの人たち”。キリスト教の宣教師達です。彼らは、ハワイ人にキリスト教の布教と共にフラを踊る事を禁じました。そして、カラカウア王の時代になるまでの約50年もの間人々の前ではフラは踊られる事がなくなりました。(それでも、西洋人に隠れて密かに受け継がれて行きました)

これを復興させたのが、1883年第7代目の王となったカラカウア王です。カラカウア王の時代は、古典フラの復興の他に、西洋のクラシック音楽が輸入されたことによりハワイにも新しい音楽「ハワイアン・ミュージック」が誕生。その音楽に合わせて踊る「ショー的な要素の強い新しいスタイルのフラ」が生まれました。これが現代のフラダンス(アウアナ)の始まりと言われています。

受難2回目と復興 ハワイアンルネサンス

カラカウア王により復興したフラでしたが、1898年ハワイがアメリカに併合。1901年にはハワイ語が禁止されてしまい、カヒコは再び踊られなくなってしまいました。70年近くも!

その一方で、アメリカのハリウッド映画の影響からか、ショー的な要素の強いアウアナ(現代フラ)はその華やかさから注目され発展していきました。

その後カヒコが正式に復活したのが1971年のメリーモナークフェスティバル。つ、つい最近ではありませんか。(フラの祭典であるメリーモナークフェスティバル自体は1964年に始まっています。)

これは1960年代に入りアメリカ本土で起きた、公民権運動の影響によるものです。この運動により、ハワイの人々の間でも「ハワイ人としてハワイの伝統文化や誇りを大切にする」という意識・気運が高まり伝統的な古典フラ復興のきっかけとなりました。
良く残っていてくれました。古典フラ。大切に踊らせて頂きます。

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